SPECIAL
01

ブレない私の軸

SCROLL

MEGUMI HIROSE
廣瀬 恵
販売部 マーケティンググループ
2001年 入社
20年前の入社1年目の添乗員時代の失敗は、
私の旅の仕事に対する考え方の軸を決めました。
あのとき、たいへんなご迷惑をおかけした二人のお客さまのことを思い出すと、
今でも目に涙が浮かびます。
「旅行を楽しみたい」と願うお客さまの気持ちに、どこまで寄り添えるのか、
そして、お客さまにご提供する楽しい旅は、かけがえのない時間だということを、
決して忘れてはならないのです。
EPISODE
01
EPISODE
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忘れられない
パリでの添乗員体験

私には入社1年目、パリ旅行の添乗員をしていたときの忘れようにも忘れられない失敗談があります。20年以上たった今でも、ご迷惑をおかけしたお客さまに申し訳ない気持ちで、胸が一杯になり、思い出すと涙が溢れます。お客さまは、私の考えの甘さが引き起こした、あの出来事を生涯忘れることはないでしょう。私も同じです。あの時の失敗は、私のその後の仕事に対する姿勢や考え方の軸を決めました。私の話は、社会人として未熟なころの失態で、決して「いい旅」ではなく、この場に相応しくないのかもしれません。しかし、社会人になろうとしている皆さんにとって、何か役に立つかもしれないと思い、お話します。少し長くなりますが、聞いてください。

イギリス留学で
「異文化に触れる感動」を知る

私は現在、web広告や販売促進などの仕事を主に担当しています。その前は海外旅行商品の企画をしていました。さらに遡ると、入社1年目はヨーロッパツアーの添乗員を務めていました。

ジャルパックに入社した経緯からお話しすると、高校時代から英語が好きで、大学は文学部英文科に進学。入学前からの夢だったので、2年生が終わった1998年に1年間休学して、イギリスの大学に留学しました。マンチェスター近郊のサルフォードという小さな町にある大学に寮から通いました。日本では英文科を専攻していましたが、せっかく留学するなら別の分野を学びたいと思い、留学先では「放送とメディア」を専攻しました。日本では英会話に自信を持っていたのですが、イギリスに来たら私の話す英語が全く通じなくて戸惑いました。

それでも初の海外体験で、どこに行っても見るものすべてが新鮮でした。『地球の歩き方』の必要箇所だけ破ってはポケットに入れ、イギリス国内をあちこち旅行したり、寮で親しくなった友人に誘われてギリシャに行ったり、気が付けば10回以上も一人旅をするなど1年はあっという間に過ぎました。結局、その留学で、私は自分のしたいことは英語や放送業ではなく、異文化に触れる仕事だと気が付きました。それで就職先として、当時は海外旅行を専門に扱っていたジャルパックを第一志望にしたのです。

大人気のセーヌ川ディナークルーズ

2001年、念願かなって入社した一年目、同期の新入社員と研修を受け、資格を取得するとツアーの添乗員になりました。ベテランの添乗員について学んだあと、夏前に独り立ちしてヨーロッパツアーを担当。その年の9月、アメリカで同時多発テロ事件が発生し、海外ツアーが減ったため、例年よりも早く添乗員を卒業することになったのですが、減ったとはいえ12月までの半年間に私は8回、添乗を経験しています。これからお話しする失敗談は、添乗の仕事に慣れてきて、ある程度、自信もついていた12月のツアーの出来事です。

『パリのすべて』と題し、パリの街に8日間滞在する旅で、38名のお客さまのお世話を一人で受け持っていました。旅程のなかに、日々の食事とは別にディナークーポンを使い、リストの中から気に入ったレストランを選んで出かけるお楽しみ企画がありました。セーヌ川のディナークルーズが人気で、ほぼ全員の34名の方がご希望され、私は船の予約を取りました。ホテルから乗船場所まで地下鉄で行くこともできましたが、皆さんタクシーを希望されたため、15台分の手配をホテルに頼みました。

ホテルから乗船場所まで、車なら20分ほどです。当日、私は余裕を見たつもりで、出航の1時間前、お客さまにロビーに集合していただきました。すると、ホテルの人から「10台予約した。残りは通りを走っているタクシーをつかまえてください」と言われました。10台分のお客さまはすぐに送り出したものの、さらに必要な5台はなかなかやって来ません。最後の1台に乗った女性2人のお客さまがホテルを出発されたときには、出航時間まで20分を切っていました。

乗り遅れたお客さまがお怒りに

当時は携帯電話を持っていなかったため、私はホテルに残りロビーから急いで船に電話をかけて、「2、3分遅れるので待ってほしい」と伝えましたが、「ノン」というすげない返事。ホテルでやきもきしていると、最後にお見送りしたお客さま二人が、船に乗り遅れて戻ってこられました。

焦った私は誠意のつもりで「クルーズ代とタクシー代はお返しします」と金銭的な補償を全面に出したお詫びを申し上げてしまいました。しかし、金銭はお客さまにとって問題ではなかったのです。そんなことよりも、「楽しみにしていた旅行での大切な時間が失われてしまったこと」に対する、取り返せない憤りのお気持ちが強かったのです。当時の私は、お客さまの心情を察する気持ちが浅く、余計にお客さまの怒りを募らせてしまいました。

お客さまのお話によると、お二人は別々の職場にお勤めの友人で、今回のパリ旅行に際し、スケジュールを合わせたり、職場の方に仕事を引き継いでもらったりと、大変なご苦労をされて参加されていたのでした。その分、旅行中の限られた時間を思いっきり楽しみたいというお気持ちが強く、それが「タクシーなんて、なんとかなる」という私の甘い考えのせいで、お二人の貴重な時間を台無しにしてしまったのです。期待が失望に変わり、落胆され、お怒りになられて当然です。お二人の旅行にかける思いを知った私が最後には泣きながらお詫びを言うものだから、お客さまは「もういいですよ」とおっしゃったのですが、私はお二人のために何かして差し上げなければと必死の思いで、「挽回するチャンスをください」と申し出ました。

現地支店のスタッフに助けられて

とは言ったものの、入社1年目の私にできることなど限られているため、パリ支店に連絡してスタッフに事情を話し、お客さまのイメージを詳しくお伝えした上で、「お二人に喜んで頂けそうな、観光客があまり来ない、とっておきの、おしゃれでおいしい店を教えてください!」と頼み込み、ガイドブックには載ってない、知る人ぞ知る秘密のレストランを紹介していただきました。

次の自由行動の日、ご迷惑をおかけしたお二人に「もしよろしければ、このお店でお食事はいかがでしょうか」とご提案して、行っていただきました。幸いなことに「とても素敵なお店でした!」と喜んでくださり、「ディナークルーズができなかったのは残念だけど、おかげで自分たちでは行けないような素敵なお店で楽しいひとときを過ごせました。ありがとうございました」と仰っていただけました。私はその言葉を聞いて、心の底よりほっとしました。お客さまの温かい言葉が、私を絶望の淵から救ってくれたのです。

しかし、過ぎてしまった旅の時間を取り戻すことはできません。お二人がセーヌ川のディナークルーズに乗れなかったことを忘れることは、生涯ないでしょう。私の失敗を許していただけることも、決してないと思います。私もお客さまと同じく、あの日の失敗を忘れたことはありません。

EPISODE
02
EPISODE
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車いすの方がアクティブに
楽しめる企画

2001年の入社以来、私は様々な部署を経験し、2017年に海外仕入企画第1グループ(ハワイ・ミクロネシア担当)に着任しました。そして、コロナ禍直前の2020年春、車いすのお客さまがハワイ旅行を楽しむ『ファミリーで行く 車いすde感じるハワイ』の企画を担当しました。一般のツアーにも車いすのお客さまはいらっしゃるのですが、よりアクティブにハワイを楽しんでいただこうという特別な旅行です。「障がいがあるからといってためらったりすることなく、旅行に出かけましょう。旅先でもっと楽しみましょう。ジャルパックの私たちがサポートするので大丈夫です。安心してご参加ください」というメッセージをこめて企画した商品です。

ツアーでは、ホテル〜空港間の送迎や観光地の周遊にリフト付き専用バスをご用意し、また、ホテルのお部屋はバリアフリールームをご用意したほか、スタッフが同行し、さまざまなバリアフリー対応の観光施設やハワイでのお勧めの過ごし方をご案内しました。また、観光名所をめぐるだけではなく、サーフィンを楽しむことができる体験では、サーフィンのインストラクターから2人乗りのタンデムサーフィンのレッスンを受けたり、イルカと遊んだりといった多彩な体験活動を盛り込みました。

海外でのこのようなツアーは、当社としてはこれまで取り組んだことがなかったため、首都圏のリハビリ施設で説明会や相談会を開き、「ハワイ旅行に行くとしたら、どのようなことを楽しんでみたいか」「不安な点は何か」といったお客さまの要望や意見を細かく伺うことから始めました。そして集まったご意見やご要望に基づいて素材を選んだり、現地スタッフと何度も確認や調整をしたりと、準備は色々と大変でした。しかし、直接お客さまからお話しを伺うことで、「旅には行きたいけど、不安があってためらってしまう」という方が多いことを知り、これこそ旅行会社がサポートすべき領域なのだと実感することができ、やりがいを感じていました。

実際のツアーはコロナの脅威が迫り始めた時期ということもあり、結果的にご参加いただいたお客さまは、ふた家族でした。ひと組は、車いすのお嬢さま、お母さま、おばあさまの3世代3名。お嬢さまが大学4年生で卒業記念のお祝いでした。もうひと組は、車いすの20代男性とご両親の3名。この方は歩行だけでなく、会話など意思の疎通もご不自由なのですが、ご両親が「できることは何でも体験させてあげたい」というお考えで、ご参加されました。

参加者が一緒になって
喜べる旅づくり

私は添乗員ではなく、企画の担当者として、ツアーの出発に先駆けて現地に行き、足を使わないタンデムサーフィンを実際に体験し、安全性の最終チェックをしたり、各スポットの下見をしたりしながら、万全の体制でお客さまの到着を待ちました。ツアーコンダクターだった新入社員時代以来、久し振りにお客さまと旅をご一緒できるので、初心にかえったような清々しい気持ちでした。

いよいよお客さまがご到着され、観光やお食事をお楽しみいただきましたが、車いすのお客さまだけでなく、ご家族全員が一緒になって楽しまれ、旅を喜び、リフレッシュされているご様子を見て、「この企画を実現してよかった」ことを、心より思えました。体の不自由なご本人だけでなく、付き添われているご家族を含めた「参加者のみなさまが楽しめる旅行にすることが大切なんだ」と確信できた、初めての体験になったのです。

また、サーフィンに挑戦されたお客さまも「すごく楽しい!」と目をキラキラさせて喜ばれ、「今回の企画がなければ、自分の人生でサーフィンを経験することなどなかったと思う。貴重な経験ができました。」と仰っていただき、旅をプロデュースする喜びを改めて感じることができました。

OUTRO最後に精一杯、お客さまの気持ちを考える

私の記憶に強く残る二つの「旅」の話をしましたが、共通するのは、どのようなときにも「旅行を楽しみたい」というお客さまの気持ちになって、精一杯考えることだと思います。入社後20年が過ぎ、旅の楽しさをお伝えした素晴らしい体験も沢山積み重ねることができました。それは、新入社員時代のあの苦い経験から得た思いを、今でもしっかりと胸のうちに秘めているからです。それは、これからも決してブレてはならない軸なのだと思っています。

CAREER PATH
2001年
入社、コンダクターグループ(海外ツアー添乗)
2002年
ハワイ部 商品企画グループ
2007年
販売部 パッケージツアー営業
2013年
産休・育休
2014年
株式会社JALナビア 海外ツアー室(出向)
2017年
海外企画商品事業部 海外仕入企画第1グループ(ハワイ・ミクロネシア担当)
2023年
現職

「小学生の息子はバスに乗るのが大好きで、休日になると一緒に都営バスの一日乗車券を買って、あてもなく乗り継いでいます。見知らぬ町で下車し、散歩して、お昼ご飯を食べて、またバスに乗ります。小さな旅ですが、なかなか楽しいです」