SPECIAL
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耳となり、声となる
お客さまに支えられた旅

SCROLL

YUYA SUZUKI
鈴木 雄也
海外企画商品第2事業部
アメリカ・オセアニアグループ
2017年入社
入社1年目、ツアーコンダクターとして独り立ちし、
仕事に慣れてきたと感じ始めた秋のイタリア旅行に、
耳や言葉の不自由なご夫妻が参加された。
筆談のコミュニケーション、不安な自由時間、平等なサービスの提供、
悩みの多い旅を無事に終えることができたのは、
何よりもお客さまのおかげだった。
EPISODE
01
EPISODE
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小学生の頃から海外旅行

仕事も生き方も海外志向だった父に連れられた海外旅行の最初の記憶は、小学校低学年のハワイ旅行です。それ以来、高校に入るまで毎年、ハワイ、グアム、ニューヨークなどを旅しました。小学5年のときには住んでいた区の事業で、姉妹都市のウィーンに行き、現地の子供たちと交流したこともありました。家にはいつも洋楽が流れていて、父から「大きくなったらもっと海外に行くといい」と言われて育ちました。

中学と高校は一貫校で、将来はパイロットになるのが夢でした。小学生の頃から飛行機に乗る機会が多かったため、憧れたのです。同時に「海外に行こう」という意識も強く、大学は国際教養学部に進学しました。海外留学を希望して入学する人が多く、卒業までに半分くらいの学生が長期留学するような学部でした。

EPISODE
02
EPISODE
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旅と留学の学生時代

大学1年の夏、東南アジアを旅行したとき、パッケージツアーを利用せず個人で旅をするバックパッカーの存在を知り、自分もやってみたくなりました。それで、トルコを旅しました。イスタンブールの街で怪しい人に「飲みに行こう」と誘われて断ったこと、深夜に着いた地方の町で困っていたら親切に助けてくれた人のこと、気球に乗って見た早朝のカッパドキアの景色の素晴らしさなど。すべて、良い体験になりました。

大学4年のときには、1年間休学してオーストラリア東海岸の都市ゴールドコーストに留学。初めの4カ月は語学学校に通い、残りの8カ月は現地の会社でインターンシップを経験しました。

就職活動では飛行機好きから、パイロットを目指したのですが、夢は叶いませんでした。
「パイロットがだめなら、好きな英語を使って、日本と海外の懸け橋になるような仕事をしよう」と思い、旅行会社を受けてみることに

ジャルパックは、面接で出会った社員の方の印象が良く、アットホームそうな会社の雰囲気も自分に合いました。入社を決めた理由は、社員数が500名程度だったこと。「このくらいの規模の会社なら、若手でも責任のある仕事を任されそうだ」と考えたのです。パイロットを目指していたため、JALグループの旅行会社という点も魅力でした。

2015年、インターンシップ先のオーストラリアの旅行会社が運営する観光船のキャプテンと。
同じく、インターンシップ先の旅行会社の観光船。
EPISODE
03
EPISODE
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ツアーコンダクターとしてスタート

2017年4月、入社。顧客サービスグループに配属になり、ツアーコンダクターとしての勉強が始まりました。座学とともに、実際のツアーでスーパーTC(ツアーコンダクター)と呼ばれるベテランに付いて「慣熟添乗」を行います。慣熟添乗は2回あり、1回目はスーパーTCの仕事を見て学びます。2回目は、スーパーTCのサポートは受けますが、自分が中心になって旅行の案内を務めます。私の場合、1回目は5月末、イタリアの4都市をめぐるツアー、2回目は6月末、ドイツのロマンチック街道とスイスアルプスのユングフラウヨッホとフランスのパリを訪ねるツアーでした。

最初のツアーで、スーパーTCの仕事ぶりを見た私は、焦りました。「逆立ちしてもかなわない。自分には到底無理、できない」と思ったのです。スーパーTCのなにが凄いかというと、気付く力と気配りです。お客さまの様子や周りで起きている事柄に対して敏感で、ちょっと体調の悪そうな方がいると「大丈夫ですか?」と声をかけるのは序の口、お客さまの方から何か言われる前に常に察知して行動していました。連日の移動で自分も疲れているはずなのに「そこまで気配りするものなのか」と驚きを通り超すほどでした。それから、現場での解決力も凄い。お客さまがパスポートを失くされる、バスが来ない、飛行機が飛ばない、レストランが予約できていない、病人が出るなど、どのようなトラブルが発生しても、スーパーTCは冷静に判断して解決し、最終的にはお客さまを満足させてしまう。その姿に心底感動しました。

一方、私の案内はというと、ひどいものでした。多分、同期の誰よりも出来が悪かったと思います。それでもどうにか2回目の慣熟添乗を終えた私は、自分が担当したイタリアとドイツのツアーをしばらく繰り返し、その後はヨーロッパを中心にアメリカやオーストリアのツアーなども担当して、毎月2回の添乗が仕事になりました。

2017年、「慣熟添乗」1回目でお客さまとの食事の一コマ。
ツアーコンダクターとして独り立ちして訪問したスイス、ユングフラウヨッホ頂上でのお客さまとの記念撮影。
EPISODE
04
EPISODE
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耳や言葉の不自由なお客さまがツアーに参加

入社1年目の秋、添乗の仕事にやっと慣れてきた頃、耳や言葉の不自由なお客さまがイタリアツアーに参加されることになりました。ハネムーンのご利用で、奥様は少し聴き取れて少し話せる、ご主人様は聴くことも話すことも全くできないというご夫妻でした。

足の不自由な方や腰を痛めているお客さまを担当したことは、それまでもありました。その際は、ゆっくり歩くなどの方法で対応してきたのですが、耳や言葉の不自由なお客さまは初めてで、正直に申せば、どうすればよいのか戸惑いました。
私は手話ができないので、持ち運べる大きさのホワイトボードを用意してツアーに持って行き、筆談でコミュニケーションを取ることにしました。ほかのお客さまに口頭で説明しながら、ホワイトボードに集合時間や注意事項を書いてご夫妻に示すのです。

耳や言葉の不自由なお客さまへの対応を考える一方で、お二人のことばかり考慮すると、それ以外のお客さまへの対応がおろそかになってしまうのではないかという不安もありました。すべてのお客さまに平等なサービスを提供するのが、ツアーコンダクターの役割の基本。だれ一人不満を与えるわけにはいきません。手助けの必要な方をケアしつつ、すべてのお客さまに公平に接しようと決意しました。

EPISODE
05
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尽きない心配

旅行が始まると、さっそくミラノの空港の入国審査で、今後、待ち構えているトラブルを予見するような事態が起きました。私が先にすませて「後ろの人たちは耳が聞こえません」と係官に伝えていたのですが、話が通じないため、入国に思わぬ時間がかかったのです。

旅行中、私が最も心配だったのは、自由行動とオプショナルツアーでした。最初は一緒に案内をしても、全員のお客さまを平等にケアするために、ずっと一緒にいるわけにはいきません。イタリアの古い街は入り組んでいて迷子になりやすく、観光スポットにはスリも多い。耳が聞こえないため、慣れない街でトラブルに巻き込まれないだろうかと、不安は尽きませんでした。

しかし、ツアーが始まると、意外にも私の心配は杞憂でした。それは、お客さまが親切な方々ばかりだったからです。オプショナルツアーなどでは、ほかのお客さまにホワイトボードを託して、ガイドが言った集合時間などを書いて伝えていただくようにお願いすると、皆さん快く応じてくださいました。耳や言葉の不自由なご夫妻以外にも新婚のカップルが多いツアーだったということもあって、グループ全体に親近感が生まれていたのだと思います。

EPISODE
06
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最終日前夜の涙

ツアーの最終日、ローマのホテルから空港に向けて出発する前、ロビーで全員そろった記念写真を撮りました。個々のお客さまの写真をお撮りするのはよくありますが、全員で集合写真を撮ることは意外にありません。耳や言葉の不自由なお客さまがいらっしゃったことで、全員の気持ちが一つになり、別れが名残惜しく感じられたようです。
私はいつも空港行きの最後のバスの中で、旅を振り返る話をします。このツアーのときは前の晩、話の内容を考えるため、初日からの出来事を思い出していると、涙がこぼれそうになりました。
「出発前、不安だったこのツアーを順調に終えられそうなのは、自分の力ではなく、お客さまに恵まれたからだ」としみじみ思ったからです。

翌日のバスでは、結局、いつものように「旅行の三つの楽しみ」について話しました。
私が考えるに、旅行の楽しみは三つあります。一つは「旅行前の楽しみ」です。パンフレットやインターネットで旅行先の国や町を調べ、見る物や食べる物を想像します。
二つ目は「旅行中の楽しみ」。旅行前に想像した、本場のピザを食べる、ローマの遺跡を見る、ミラノで買い物するといったことを実際に体験します。三つ目は「旅行後の楽しみ」で、写真や思い出話などで旅を振り返って楽しむのです。私は、この三つ目の楽しみを最も大切にしてほしいと思っています。一つ目と二つ目の楽しみは旅行とともに終わってしまいますが、三つ目は永遠に続けることができるから。

2015年、インターンシップ先のオーストラリアの旅行会社が運営する観光船のキャプテンと。
EPISODE
07
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07

ツアコンの2年が、私を育てた

2019年に異動になるまでの2年間に32回、240日の添乗、540人のお客さまにお会いしました。自己評価ですが、スーパーTCを100点とすると、最終的には65点は取れたと信じています。知識や経験の乏しさはどうしようもありませんが、その足りない分を、私はフットワークでカバーするように努めました。
例えば、イタリアのベニスで私が必ず実行していたのは、ゴンドラに乗ったお客さまをお見送りした後、運河に架かる橋の上まで走って行き、お客さまのゴンドラが来ると手を振って写真を撮ることでした。ゴンドラに乗っていると、お互いの写真は撮れても、全員で一枚の写真に収まることはできないので、とても喜ばれました。これは思い出づくりという「旅の三つ目の楽しみ」につながります。しかし、実を言うと私には、その撮影でお客さまと親しくなり、添乗の仕事をしやすくするという狙いもありました。

現在は、アメリカ・オセアニアグループで、旅行商品の企画に携わっています。ツアーコンダクターを経験した2年間は、その後の人生に活きていると実感しています。本音を言えば、初めは「新入社員がツアーを案内するなんて、あり得ない」とあきれたものです。実際に、現地でパスポートを失くされる方が出たときなどには、冷や汗をかきました。しかし、あの2年間の経験で、何が起きても動じない心構えや忍耐力が身に付いたことは確かです。今は、この先どんな困難に直面しても突破していく自信があります。

ツアコン時代、ベニスではゴンドラにお客さまを乗せると、橋の上まで走って行き写真を撮ると、とても喜ばれました。
CAREER PATH
2017年
顧客サービスグループ ツアーコンダクター
2019年
海外企画商品第2事業部 アメリカ・オセアニアグループ

「バスケットボールが趣味です。中高一貫校の中学のクラブ活動で始めて、高校の最後の年はキャプテンを務めました。現在も母校のバスケ部の練習に参加して楽しんでいます。身長ですか? 184センチです」